





究極のミニマリスト
最近読んだ中で一番、衝撃を受けた本がこれ、稲垣えみ子さんの「家事か地獄か」です。
稲垣さんは元朝日新聞の記者なのですが、仕事を辞めた後に冷蔵庫や掃除機などを次々に手放し、電気使用量も一般家庭では考えられないくらい少ない、かなり徹底したシンプルライフを実践しているお方!
掃除機や洗濯機はまだ分かるにしても…なんと冷蔵庫まで手放しちゃうのが稲垣さんのスゴイところ。 ほんと、どうやって生きているの!?って感じなんですが、本を読むと稲垣さん、本当に充実してて楽しそうなんですよねー。
最初は正直、「そこまでやらなくても…」と思いながら読んでいました。 でも読んでいくうちに、 「便利になることと幸せになることは同じではない」 という稲垣さんの考え方に強く惹かれていきました。
というか、私が最近感じていた「豊かさとはなにか?」「幸せってどこにあるのか?」みたいな漠然とした疑問、そして不安にものすごく明確に答えを示してくれたんです、この本! いや~本当に現代を生きる私たちの価値観や、概念をひっくり返す驚きに満ちていました。 最も心に残ったところをピックアップしてご紹介します!
衝撃!冷蔵庫も掃除機も手放した「家事40分」の暮らし
稲垣さんは50歳に退職したのを機に、収納のない築50年の家に移り住み、徹底した断捨離と超シンプルライフを実践しました。
その暮らしっぷりはシンプルで、毎日「飯、汁、漬物」というシンプルで同じメニューを食べ続け、調理も10分で終わるそうです。洗濯も手洗いで、掃除もほうきでささっと済ませ、毎日、家事にかかる時間は全部で40分ほど。
残りの時間はすべて自由時間として、ヨガをやったり、ピアノを楽しんだり、カフェで仕事をしたりされています。
そして、この地味な暮らしが、豊かで、楽しく、今まで大嫌いだった家事を好きなものに変えてくれたそうです。 確かに自分の世話を全部、自分でして、残りの時間をすべて好きなことにつぎ込める生活って控えめに行って最高!ですよね。。羨ましい~~
面白いのが、「便利さ」と「豊かさ」を手放せば手放すほど、「楽」に「自由に」なっていったというその実感。 現代人の多くが求めている「より豊か」で、「ワンランク上の生活」っていうものは幻想で、求めれば求めるほど見失っていくのでは?という気づきがあったそうです。
この暮らしを実現するために、まず実施したのが断捨離です。 断捨離には理想の暮らしのイメージが欠かせない。そこで、参考にしたのが江戸の貧乏長屋。 実際に江戸東京博物館に足を運び、その暮らしを徹底研究されたそう(笑) 当時の人々は収納なしの四畳半に一家で暮らしていたというのだから驚き! いや~江戸の人たちってホント、暮らしのスキル高いですよね。マジリスペクト!
で、その上で稲垣さんが洗面所周りで残したものはこれだけ
- タオル類:フェイスタオル1枚のみ(!?)
- 化粧品類:なし(ゴマ油で保湿するのみの美容法だそうです、興味あるわ~!)
- シャンプーなどのヘアケア商品:なし
- 住まいや衣類の洗剤:石鹸、重曹、クエン酸のみ
- 掃除小物:雑巾1枚のみ
しかもタオルはぺらっぺらの手ぬぐいというから驚き! 雑巾も毎日使って洗って干して、とすべてのものを無駄なく使って循環しているそうです。
洋服は9割捨てて、いつも最高に似合う服だけを着ていて、人には「オシャレね」と言われることも多いそうです。 これよく聞きますよねー。服の断捨離したらオシャレと言われることが多くなったって。 つまり、似合わない服をいっぱい抱えて生きてるんだな現代人…。
稲垣さんは「買い物こそが最大のムダな家事」と言い切っています。 人は買い物に「ここではないどこかを探し求めている」 だからいっぱいあるのに買っちゃうんですよね。分かる~ けど、実際にはそんなものはない。(ガーン)
今ここにある目の前のことを存分に楽しみなさい、と本の中で伝えています。
そして、次に稲垣さんが残した台所用品
- 調理器具:小鍋とフライパン1個のみ
- 調理家電:なし
- キッチンツール:しゃもじ1個のみ(おたまは!?)
- カトラリー:箸2膳とスプーン1個、フォーク1個のみ
- 調味料:塩、みそ、しょうゆのみ
- 香辛料:コショウ、唐辛子、カレー粉のみ
おぉ、シンプル~w 中華や揚げ物は近所のお店で食べる&買ってくる「餅は餅屋」が一番おいしい!とのこと。
で、物を捨て、生活をより質素にシンプルにしていく中で、稲垣さんは惨めかと思っていたこの暮らしにこそ人を救う力があると気付いたそうです。 今まで邪魔くさいとしか思ってなかった家事にこそ、生きる意味や喜びを与えてくれる力がある! これを人に押し付けているんじゃ幸せにはなれない、と。
認知症になった母の姿から考えさせられたこと
特に印象的だったのが認知症になった稲垣さんのお母さんの話でした。 そして稲垣さんがシンプルライフを始めるきっかけになったのもこのお母さんです。
稲垣さんのお母さんは高度経済成長期を生きた世代で、手の込んだ料理を作り、家を整え、たくさんの物を管理し、「ちゃんとした暮らし」をすることに誇りを持っていました。 でも認知症になり、次第にそれができなくなると、自尊心まで失われてしまったそうです。
物が増え、家電が増え、豪華になった食事や暮らしは、家事をどんどん複雑に、そして煩雑にしました。 年を取り、認知症を患った稲垣さんのお母さんはその複雑になった家事をこなすことができなくなり、積み上げられたものの前で呆然としてしまう、レシピ本を開いても何をすればいいのか分からず、立ち尽くしてしまう。そんな状態になってしまいました。
これを身近で見ていた稲垣さんは、もっと家事がシンプルで単調なものであれば、お母さんは最後までそれを自分で全うし、自信を持つことができたのではないか。そう思ったそうです。
実際、単調でシンプルな暮らしを長年暮らしている修道院のシスターは、脳が認知症の状態になっても変わらない暮らしを最後まで自力で継続することができるという研究結果もあるそうで、これはすごく腑に落ちる考え方でした。
その話を読むと 「豊かな暮らしって何なんだろう」って思っちゃいます。 私たちは若くて元気なうちは、どんどん能力を上げて、どんどん便利なものを取り入れて、どんどん暮らしを豊かにしようとします。
でも人は必ず老いるし、できないことが増えていきます。 その時に、自分の能力が落ちても続けられる暮らしの方が、本当は強いのかもしれない。 そんなことを考えさせられました。
実は暮らしって、より質素でシンプルな方が幸せなんじゃないか? もっともっと豊かな食べ物や住まいや車や旅行を求めてできるだけ多くのお金を稼ごうとする、現代の価値観には重大な欠陥があるんじゃないか?とこの辺から価値観がぐらぐら揺らいできました。
「トイレを手で掃除する」から見えてくる自分の責任
稲垣さんが断捨離するうえで最後まで悩んだというのが、そう「トイレブラシ」w だってこれないとトイレどうやって掃除するの?って感じです。
でも、稲垣さんは徹底的に暮らしをシンプルにし、ゴミを最小限まで少なくして、最高にエコな暮らし、環境に、地球に受け入れられてる「私も生きてていんだ」と実感する暮らしを実施してきた中で、 トイレの汚れをトイレブラシにこすりつけたまま、それを洗いもせずに置いておくのがどうしても気持ち悪くなった、といいます。
これ「分かる~!」って感じしません? 私も無意識に感じてたトイレ掃除のイヤな部分、胸がざわっとする部分はこれが原因だったのかー!と共感100%でした。
で、稲垣さんが考えたのが、「トイレを手で掃除する」という方法。 小さい布とクエン酸を使って便器を置くまで手でゴシゴシこすって、朝の2分でキレイすっきり!
自分の体の中から出たもの、それはつまり自分が食べたもの、それが汚いものであってたまるか! それがゆくゆくは川や海に流れ、そして自分に返ってくるのだから「キタナイ」なんて言っている場合ではない。 まさに、「自分のケツは自分で拭く」ってやつです。とのこと。
いや~潔い! でも自分の責任を最後まで自分で持つってこういうことだよなぁと思わされます。
稲垣さんは政治家も総理大臣も自分で家事をするべき!と言っていて 日本国民全員がこの能力(家事力)を身に着ければ、そんなにお金がなくとも生きていける実感が持て、将来への漠然とした不安もなくなる、と断言されていました。
いや~ホント一理あると思うよ。 結局、自分で自分の世話ができる力が最強ということですね。 私は親として、子どもにもぜひこの能力を身に着けてほしいと思います。 そうすれば人生どんな困難な局面でも、自分を支え、生活していくことができると思うから。
ちなみに、稲垣さんのお母さんが子どもの頃は、自分の洗濯物はお風呂に入るときに自分と一緒にざぶざぶ各自で洗っていたそうです。 そして、それが結構楽しかったとのこと。 そういう経験を一度子どもたちとやってみるのも面白そうだなーと思いました。
自分の隠れた能力を見出して磨く
稲垣さんは、この生活を続ける中で、季節や五感に敏感になったと言います。
- たらいで洗濯するときに感じる水の温度の季節による違い。
- 鍋でお米を炊くときに、吹き出こぼれる直前に一瞬静かになる瞬間があること。(その瞬間を聞き逃さず蓋をずらす)
- においであらゆる状態をかぎ分ける能力。(冷蔵庫がないから自分の嗅覚が頼り)
- 味見をして調味料の量を決める感覚(軽量スプーンがないから自分の味覚が頼り)
生活を便利家電などに任せていると気付かない日々の小さなアレコレ。 それを五感で感じ、自分の感覚を頼りに日々暮らしている中で 自分には使ってない能力がたくさん隠れているのに気づいたそうです。
この能力が活用できれば、日々衰えていく老後も怖くないのではないか、と。 便利なものを使うって、こういう気づきや自分の感覚を失ってしまうことでもあるんだなぁと気付かされます。 キャンプが好きな人ってこういう感覚を取り戻したくて行くのかもしれない。 でも、日常の中にこそそういう機会は転がってるってことですね。 より便利に!より時短に!と追い求めることが本当に正しいのかどうかを突きつけられる気がします。
人様に家事をやっていただく、町全体を「我が家」にする生き方
稲垣さんは自宅のお風呂は使わず、毎日銭湯に行っています。 理由はお風呂掃除がしたくないから(笑) 前述したように、揚げ物や中華も自分では作らず専門店に頼っています。
つまり、自分の家事を外注してるってこと。 そういうと今まで述べてきた「自分のケツは自分で拭く」っていう理論と矛盾しそうですが、 稲垣さんいわく「人に家事をやってもらうことも立派な家事」とのこと。
年を取れば誰でも人に何かをやってもらうことが増えてくる。人に頼るっていうのも大事な能力。 でも大事なのはその頼り方。 コロッケを買うにしても、お金を払ってるんだから当たり前!という態度じゃなくて、 私の代わりに面倒な家事をやっていただき、ありがとうございます!という態度でいると、 自然と「いつもありがとうございます!」「食べるの楽しみ~」という言葉が出てきてお店の人ともいい関係が築ける。
それは、暮らしてる町全体が自分の家という感覚! これすごく新しい概念ですよね~!
そして、最近私がこうなったらいいな~という理想の社会「家族じゃない人と家族になる社会」にすごく近い感じがする! やっぱり挨拶や言葉がけ一つで人との関係でぐっと良くなるんですよね。 私は知らない人同士も気軽にあいさつをする社会になれば、自殺もいじめも減るって本気で思います。 そいういう社会にするために私に何ができるのか日々模索中なのです。 そして稲垣さんは、その私の理想の社会を実際に実行してる人なんですよねー。 まさに私の理想形がここに!という感じで感動してしまいました。
まとめ:久しぶりに玄米を炊いてみて感じたこと
稲垣さんの暮らしは誰しもがマネできるものではないと思います。 でも、その考え方や目指す姿には誰しもに参考になるものがありますよね。
私たちがCMや社会に当然と思わされている、目指すべきと思わされている暮らしは本当に豊かなものなのか? 便利さや豊かさを追い求めることのリスクと、その先に何があるのかを考えることの大事さに気付かされます。
そして何より、物を持たず、お金を使わなくても豊かに、幸せに生きることができるっていうのを実現して見せてくれているその姿に希望をもらえます!
あと個人的には、稲垣さんがあの質素な食事を満足して続けていられるのは玄米を主食にしてるってことが大きいと思うんですよね。 玄米って噛めば噛むほど美味しくって、おかずもそんなにいらない。栄養満点で食べ応えがあって、最強の食材だと思います。 私も家族が嫌がるので、しばらく玄米から離れていたけど久しぶりに炊いてみました玄米。
しみじみと美味しい~!妊娠中はよく食べてたことを思い出しました。
稲垣さんは、食事にハレの日ケの日を作ること、日々の食事を質素にするからこそハレの日の食事がより美味しく、ありがたく感じる。 現代はみんないつでもハンバーグだの、エビフライだの、餃子だの豪華なものを食べすぎ。 毎日がハレの日になってしまっている、と。
で、その暮らしを続けていくとケの日、つまり毎日の地味な食事こそが愛おしくて恋しくなるっておっしゃってました。 ちょっと分かるわー。 私も昔は外食が好きでいつでも外食したかったけれど、最近は自分で作る、自分好みの味付けのシンプルな食事の方が食べてて気持ちいいなと感じることが増えました。
それを本当の贅沢だと捉えていると、豊かに暮らすのにそんなにお金は必要ないのかもって思えてきますよね。
それにしても、誰もが早く終わらせたい、夫婦間でも押し付け合いがちな家事ですが
それが日々の喜びを与えてくれる、生きてていいんだって実感させてくれるものになるって面白いですよね。目からウロコでした!
読んでよかった一冊でした!
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