育児に費やした時間はどこへ行くのか

職場で部長との面談があった。
部長は私の15歳くらい年上。
お子さんがちょうど就職して子育てがひと段落したという世代。

まぁ面談といっても雑談みたいなものだったんだけど。
この世代の男の人ってホント育児に関わってこなかった人が多いんだなぁと思う。

その部長も、すっごい子煩悩そうな見た目なのに
2人のお子さんの、習い事の送り迎えも一度もしたことないって言ってたし
「小さいころの性格と、大人になってからの性格って変わりますよね?」って聞いたら
「うーん、どうかなぁ…?奥さんなら分かると思うんだけど。。ちょっとよく分からない。」みたいな反応だった。

それでも、お子さんとの関係は良好みたいで、
就職した子どもから、職場でこういうこと言われたけど、上の人は何を考えてるの?みたいな相談を受けるらしい。
その人からは、特に子育てにおける後悔みたいなのは感じられなかった。

なんかさー…別に人の家庭のことだからいいんだけど。
その部長は、会社で順調にキャリアを積んで、海外赴任もして部長にもなって、社会的評価も高いわけだけど
つわりがひどくて退職したっていう、部長の奥さんは専業主婦になって、家事も育児も1人でこなして
でも、社会的評価はないし、経済的自立もかなわないわけでしょ?
それでも、子育てが終わって、最終的に見る結果は、2人とも同じ「親」
夜泣きや、イヤイヤ期、反抗期をワンオペで乗り越えても、社会から見える肩書きは同じ「親」なんですよね…。
母親って損じゃない⁉ 

これってつまり、子育てを担当した方が、社会的に見たら損をしやすい構図ってこと!? って気付いて、なんだか衝撃を受けてしまったわけです。

そりゃあさ、子どもの笑顔が見られるとか、成長を間近で感じられるとか、目には見えない親子の絆とか
プライスレスな部分もたくさんあると思いますよ?

でも、社会の評価や報酬やキャリアという物差しで見ると、
育児に費やした時間や労力って、なかったことみたいになってしまう。

もちろん親子の絆や思い出は残るんだろうけど。
でも、それがキャリアや収入のように社会的な評価として残るわけではないんですよね。

それもこれも、家事育児を重視してない社会の価値観の構造のせいだよなぁ、とは思うのですが。
それをどう変えたらいいのか、よく分からない…。

男性も育児に参加するようになって、そのお父さんに育てられる世代が、今後社会に出てるようになってくると
価値観が自然と変わっていくのかなぁ…?

それに、育児で得られる発見や喜びって少なくともパートナーとは共有したいものですよね?
それをリアルタイムで実感できないって
父親にとっても残念なことだと思うんですけどね。
せっかく親になったんだから、その体験も楽しめたほうがいいと思うのだけど。

私は、子育ての喜びはパートナーと共有して2倍!にしたいし
悩みは一緒に悩んで、苦労を半分持ってほしいと強く思いますけどね。

でも事実、リタイア後に孫の子育て見て初めて、子育ての大変さに気付くっていうおじいちゃんは多いみたいですが。
私の父親もその一人で、孫で初めてうんちの処理したって言ってたしなぁ…
(私が出かけてる間に、うんち漏れ漏れ事件が発生したw)
「こんなん初めてやったわ!」って言ってましたw

これからは、もっとキャリアの選択や育児との関わり方が柔軟になってくるといいなと思います。
子育て期は夫婦そろって仕事をセーブするとかも、全然いいと思う!

キャリアや収入や貯金のことを考えると難しいことも、とても分かるけど。
それでも、
「仕事か育児か」ではなく、
「家族としてどう生きたいか」
をもっと自由に選べる社会になったらいいなぁと思うのです。

自分の子どもにはそういう社会を生きていってほしいなぁ。
私自身も、そんな社会になるために何ができるのか、考えていかなきゃ!

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